年末スペシャル 年越しは立ち食いそばで ~コミック・アニメの立ちそば・月見そばあれこれ~
今年の3月に突然開始した連載ですが、改元やら何やらを乗り越えて年の瀬を迎えました。無軌道で無鉄砲な上あっちゃこっちゃ行ったり来たりぶっ飛び通しの当コラムをお読み頂きありがとうございます(読んでる方、いますよね?)。
一年を振り返ると色々な事がありました。色んなフィギュア・プラモ・ラノベ・マンガを買いました。個人的に”残った”作品としては、7月に発売された奥山ケニチの単行本『ワンナイト・モーニング』(少年画報社)が良い読後感でした。阿佐ヶ谷ロフトで発売記念トークライブも開催され、作者自身のTwitterで収録作も一話丸々公開していたのでご覧になった方も多いのではないかと思います。目を引いたのはその丸々一話公開の「そば」で、週末”体の関係”だけの二人がコトを終えた朝に立ち食いそば屋にて朝食を食べに行き、そこで月見そばの黄身を早々に崩している様を見て「欲に弱いんじゃないですかね」と自嘲するコマ。ちょっと待って、月見そばの黄身はそもそもつぶされる為に存在しているのでは?と一回思うと何だか思考の渦がぐるぐるぐるぐると回り始めて気になってしょうがなくなりました。と言う訳で今回は「立ち食いそばを主とした月見そばの食べ方」についてつらつらと。
いや年末ですしね、毎年年越しソバは立ち食いかカップ麺ですし。
奥山ケニチ『ワンナイト・モーニング』(少年画報社)より
とここまでの流れで、立ち食いそばの話なら過去のコラムからもハイハイ『パトレイバー』ね押井カントクね、とお思いでしょうが、こと月見そばに限らず、玉子の黄身をつぶして食す事に関しては譲らない作家として挙げたいのが、漫画家の東海林さだおです。「毎日新聞」紙の4コマ漫画『アサッテ君』は一般全国紙四紙最長の40年余の間連載され、「週刊文春」誌にて『タンマ君』が未だに連載中、さらに漫画とは若干異なるものの、「週刊朝日」誌には『あれも食いたい これも食いたい』と言うイラスト付きコラムも昭和から連載中で、このコラムは『丸かじりシリーズ』として単行本・文庫本が刊行されています。
東海林さだお『丸かじりシリーズ』(文春文庫)
この『丸かじりシリーズ』は東海林さだおの食に対する執念と言うか意地汚さと言うかが存分に発揮されている名コラムで、高級な料理とかに限らず缶詰や安い物に対しても惜しみなくその食への愛を語っているのが素晴らしく、初期の巻数では立ち食いそばを次々に挙げていて「立ち食いそばの店主はなぜ目に光が無いか。そして客のサラリーマンは三つ揃えが似合う」「立ち食いそば屋の天ぷらは主にカキアゲであるが、同時にコロモ部分も多いコロモアゲでもある」「天ぷらのコロモがほぐれてモロモロ漂っているのをソバかツナギ判らない麺と一緒にズルズル食す。このモロモロが旨い。このズルズルが旨い」もうこれだけで立ちソバに対する愛情が伺えようと言う物です。
単行本『偉いぞ!立ち食いそば』は『丸かじりシリーズ』の立ち食いそばに関するモノだけを集めた傑作選で、5回にわたって「富士そばのメニュー全制覇」をしようとする事も語られており、その縁か巻末に「富士そば」社長との対談も収録、東海林さだおが立ち食いそば話で推奨していた「天そばのかき揚げは最初に麺の下で出汁を吸わせ温めて柔らかくしてフワフワモロモロを味わう」論が全否定一蹴されていたりと、立ち食いそばフリーク必見です。
東海林さだお『偉いぞ!立ち食いそば』(文春文庫)
その東海林さだおが『丸かじりシリーズ』内で語った「突然明日の死刑を宣告され、最後の晩餐に食べたい物」として挙げたのが「白いゴハン」と言う回答は日本人として判りすぎるほど判ります。続けて一品だけじゃ何だからとおかずも挙げてよいと言われ挙げたおかずが何と「玉子」、タンパク質の極限とも言うべき黄身をまとった白いゴハンに醤油の塩辛さが絶妙な味わいを生む、と言う下りは流石と言わざるを得ない選択です。
玉子かけゴハンと言えば、料理にまつわるエピソードの「語り」で刑務所内同室受刑者の喉をどれだけ鳴らせるかの対決を、ケレン味たっぷりの食事シーンと共に描く土山しげるの『極道めし』の第一回対決で全員の喉を鳴らし優勝した逸話は田舎の一軒屋でご馳走された産み立ての玉子かけゴハンですし、ご存じ『孤独のグルメ』原作の久住昌之が作画担当泉晴紀とのコンビ「泉昌之」名義で連載している『食の軍師』でも玉子かけゴハンが醤油メーカーのコラボ漫画として収録されています。
北海道の農業高校を舞台とした荒川弘の『銀の匙』でも都会育ちの主人公・八軒が鶏舎で生みたての卵を拾い集める際にその卵が鶏のどこから出てくるのかを知ってしまい、卵かけご飯を食べるのを当初は拒否していたものの、我慢できずに食べた後は「うめぇぇぇぇぇぇ!」を連発していました。アニメ化された際の1話クライマックスにこの場面と卵かけご飯が放送され、深夜の飯テロと言われ「卵かけご飯Tシャツ」がグッズとして発売もされました。
高度経済成長期以降、物価の優等生と言われ続けた玉子は常につぶすものとして位置されているのではないかと思われます。
荒川弘『銀の匙 Silver Spoon 1巻』(小学館)より
話を立ち食いそばに戻し、日本に於けるコミック・アニメ等のコンテンツで立ち食いを語るときに押井守監督抜きにして語ることは出来ません(断言)。インタビューによると学生時代に上京して食べた牛丼と立ち食いそばに「こんな旨いものがあったのか」と感激し、以降「食べる」事に関してこれ以上無い執着心を持って作品に反映させています。その立ち食いそばへの愛が語られたのは大メジャー作品でもあるTVアニメ版『うる星やつら』の122話「立ち食いウォーズ!」にて、立ち食いのプロ「立喰師」の存在を世に現すと共に、「どうでもいいことをそれらしく語る」押井ブシが炸裂。以降の作品で「立喰師」を頻繁に登場させるに至ります。
個人的にこの「立喰師」で存在感が大きいのが、押井監督初の実写作品『紅い眼鏡』にて名優・天本英世(ご存じ『仮面ライダー』の死神博士)が演じた立喰師・月見の銀二です。この作品にエキストラで参加した漫画家ゆうきまさみが、月刊ニュータイプ誌の連載コラム『ゆうきまさみのはてしない物語』にて月見の銀二登場シーンを描かれています。
ゆうきまさみ『ゆうきまさみのはてしない物語』(角川書店)より
その後も押井守の各作品には立喰師、立ち食いのプロを匂わすキャラがそこかしこに現れ、以前のコラムにも書いた『パトレイバー』でも「立ち食いソバ」を食す際のマナーなどを描いた場面が多々登場し、劇場版パトレイバー2のノベライズ『TOKYO WAR』にて後藤隊長と荒川が密談で会った新橋の立ち食いソバ屋では、荒川は後藤隊長を目の前にソバを啜り葱臭い息を吐き、後藤隊長はカケを注文した後「手馴れた手つきで玉子を割り入れ、黄身を崩して」食すシーンが書かれています(過去コラム「虚影の街をあるくもの ~「機動警察パトレイバー」脇役中の脇役の話~」もご参照ください)。
押井守『TOKYO WAR〈後編〉』(富士見ファンタジア文庫)挿絵。画・末弥純
ここで気が付くのは、押井守も東海林さだおも「立ち食いのプロ」と言う言葉を使用しているところ。もちろん実際にはそんな職業は存在しないので明確な資格・規定があるわけではないのですが、押井守が「食い逃げ・無銭飲食の手段として話術や奇行などを用いる者達」を指しているのに対し、東海林さだおは「店員や他の客に見とがめられず唯一人で立ち食いを完遂できる」と言う所作を指しています。東海林さだおの他のエッセイ等を読むと判るのですが、昭和から平成にかけての小市民オジサン的な年代特有の他者の目を非常に気にしている節が伺えるので、「浮かなく・目立たなく・でも粋に」と言う発想が根本にあるのではないかなぁ、と。前述の『偉いぞ!立ち食いそば』では「割り箸を口で割れるようになれば立ち食いのプロ」や「お店の人に「そば?うどん?どっち?」と言わせてはいけない」と言う凄い良く分かる立ち食いのふるまいが挿絵で描かれており、その説得力は抜群です。
東海林さだお『偉いぞ!立ち食いそば』(文春文庫)より
「立ち食いそばの正しい食べ方」
東海林さだお『偉いぞ!立ち食いそば』(文春文庫)より
「割り箸を口で割れるようになれば立ち食いのプロ」
東海林さだお『偉いぞ!立ち食いそば』(文春文庫)より
「お店の人に「そば?うどん?どっち?」と言わせてはいけない」
東海林さだお『タコの丸かじり』(文春文庫)より
「立ち食いそば屋には三つ揃いのおにいさんがよく似合う」
そして監修・押井守、脚本・伊藤和典、音楽・川井憲次、キャラクターデザイン・桜玉吉で製作されたファミコン用ゲームソフト『サンサーラナーガ』(ビクター音楽産業)では「はらたまそば」と呼ばれる立ち食いチェーンがあり、ここで食事をすると店主がヒントを教えてくれたり、店奥のトイレがワープゾーンになっていたりしていました。何故立ち食いそばチェーンにするかと言う話ですが、それはもう押井守だからとしか言いようがない。
1994年にスーパーファミコン用ソフトで発売された『サンサーラナーガ2』でも「はらたまそば」は健在で、ファミコン通信編集部編の攻略本『サンサーラナーガ2・ワールドガイドブック』ではゲーム本編ではビジュアルが表示されない「はらたまそば・メニュー」が写真入りで見開き掲載されていると言うなかなかにクレイジーな事をしています。
『サンサーラナーガ2・ワールドガイドブック』ファミコン通信編集部編/アスペクト
『サンサーラナーガ2・ワールドガイドブック』より
ここで月見は「月を壊して食べるか否かはいまだ論争の的ですが、立ち食いなら壊して食べたほうが、らしいのでは。いや、あくまで好みの問題ですが」と記載があり、つぶす以外の「月を残す」食べ方について触れています。しかしここまで語ったように、コミック・アニメでは崩す派が大多数の中、崩さない食べ方はなかったのかと言われたら、あったんだなぁコレが!
まずは富士鷹ジュビロもとい藤田和日郎の『うしおととら』、主人公の蒼月潮(うしお)が獣の槍を武器に、妖怪とらと共に最強最悪の大妖怪「白面の者」と戦う一大妖怪サーガで、90年代少年サンデーを代表する冒険活劇で、2015年に20年の時を経てTVアニメ化もされました。
その「うしおととら」の中盤、「第24章 獣の槍を手放す潮」(単行本14巻、愛蔵版8巻)にて潮の父、紫暮が札幌駅構内の立ちそば屋で注文したのは月見そば、この月見を連れのイズナが「こいつをまぜて飲むおそばがまた…」とちゃぱちゃぱ潰した後に「おそばのタマゴはあとでつるんと飲むために!」と絶叫しており、「月見の玉子を潰す以外の食べ方がある」事を漫画で初めて描き、世に知らしめたのではないかと思われます。
なおこの話含む前後のエピソード、既読者に伝わる説明だと「北海道から帰る辺り」はアニメ化されていません。
藤田和日郎『うしおととら』(小学館)
「第24章 獣の槍を手放す潮」(単行本14巻、愛蔵版8巻)より
ですので実際に潰す以外の食べ方を実践した作品は、もう少し後に結構メジャーな作品で描かれたりしたのです。それはきゆづきさとこの代表作『GA 芸術科アートデザインクラス』で、連載されていた「まんがタイムきららCarat」誌の2009年2月号で表紙に登場と共にアニメ化決定が発表され、以降はそれまで連続で表紙を担当していた同じく連載作品でアニメ化までされた『ひだまりスケッチ』との入れ替わりで高い頻度で表紙を飾った、文字通り当時の看板作品です。
きゆづきさとこ『GA 芸術科アートデザインクラス 1巻』(芳文社)
その『GA 芸術家デザインアートクラス』の主人公格にして真ん丸眼鏡女子の「キサラギ」こと山口如月が、2巻収録の「丸飲み派」にて昼休みの食堂で野崎奈三子「ナミコさん」大道雅「キョージュ」と月見うどんを食す際に、黄身だけを残し「あれ?卵ダメだっけ?」と聞かれ、「いえ、これが一番の楽しみですから」と黄身を崩さずにひと飲みにします。擬音は「てゅるん」です。それを見たナミコさんは「キサラギ、蛇みたい」と端的な感想を漏らし、その話のラスト「如月殿のマネ」にて、キョージュが「少しつきあってもらっていいだろうか。駅前の立ち食いそば屋…」と明らかにキサラギの「黄身崩さず」に影響を受けたオチで話を締めてます。少なくとも『GA』のキサラギが21世紀の萌え四コマで初めて「月を崩さず飲む」を実践した女学生であることは間違いないかと。
きゆづきさとこ『GA 芸術科アートデザインクラス 2巻』(芳文社)より
「てゅるん」
きゆづきさとこ『GA 芸術科アートデザインクラス 2巻』(芳文社)より
「………月見が気になって」
『GA』は2009年7月から9月にかけて監督・桜井弘明(代表作に『十兵衛ちゃん』『デ・ジ・キャラット』) にてTVアニメも放送されています。この月見そばのエピソードは10話に収録され、「てゅるん」の擬音もそのままに映像化されているので、機会があれば是非とも見て頂きたい所。なお7話のエンディング曲はキョージュこと大道雅のキャラソンでもある「Coloring palettes キョージュいろ」ですが、2番の歌詞が「立ち食いそば屋行きたいのだが つきあってもらっていいか? せっかくだから試してみたい 月見のたのしみ方」と見事に影響を受けたキョージュの心情を歌っているので、アニメスタッフにも「黄身崩さず」は普通ではないインパクトのある所作だったんだなぁとの思いを強くします。
『GA 芸術科アートデザインクラス 5巻』DVD初回限定版/マーベラスエンターテイメント
「てゅるん」
ですが、現実に月見そばを食そうとすると、今の時代は結構難しいのかもしれません。例えば都内を中心にチェーンを構える先述の「富士そば」に加え「ゆで太郎」や「箱根そば」には月見そばがなかったりします。そもそも立ち食いそば店の件数はチェーン店中心で個人営業の店は少なくなる傾向にあるのは間違いないと思われますし。
また、どうしても提供側の店舗従業員のスキルの問題で、玉子が蕎麦の上に載った瞬間に黄身が崩れていたと言う事があったりします。経験則ですと特に駅構内の立ち食いそば店、俗にいう「駅そば」を中心に、卵を別の器に出してから蕎麦の上に乗せると言うワンステップを挟むことで「崩れ」に対応していることをよく見ます。注文する側の「崩れ」対応の手段としては、前述の「偉いぞ!立ち食いそば」でも対談があった「富士そば」では玉子を「生玉子」「温泉玉子」の二種類から選択できるので、「崩れ」を恐れる場合は温泉玉子をチョイスするのも手です。
温泉玉子と言えば、福島県福島市周辺では、市内の飯坂温泉で作られる温泉玉子が、飯坂温泉が日本で初めてラジウム発見の地であることを受け「ラジウム玉子」として販売されてます。普通の温泉玉子よりも固形を保っているのに口に入れるとクリーミィで、福島市周辺では普通にスーパー等でも販売しています。そして少なくともJR福島駅構内の立ち食いそば「そば処 ふくしま」では「ラジウム玉子そば」が月見そばと別枠で準備されていますので、福島駅に用事がある際には是非とも食して頂きたいかと。黄身はクリーミィですが固形ですので「てゅるん」へのチャレンジは無理には薦めません。
JR福島駅構内「そば処 ふくしま」「天ぷらラジウム玉子そば」
ここまで書いておいて何ですが、自身は「黄身は崩す」派です。ただしキサラギと同じようにツユと混ざるのをあまり良しとしないので、崩したその黄身を蕎麦に絡めて蕎麦とタンパク質を堪能すると言うどっちつかずと言うかコウモリ野郎と言うかの所業ですスイマセン。
と言う訳で、フリーダムにも程がある当コラムの一年を象徴するお話になったと思いますが如何でしたでしょうか。皆様良いお年を。
(文中敬称略)
参考書籍
『偉いぞ!立ち食いそば』東海林さだお/文春文庫
『タコの丸かじり』東海林さだお/文春文庫
『トンカツの丸かじり』東海林さだお/文春文庫
『ゆうきまさみのはてしない物語』ゆうきまさみ/角川書店
『TOKYO WAR〈後編〉』著・押井守、挿絵・末弥純/富士見ファンタジア文庫
『ワンナイト・モーニング』奥山ケニチ/少年画報社
『銀の匙 Silver Spoon 1巻』荒川弘/小学館
『うしおととら 14巻』藤田和日郎/小学館
『GA 芸術科アートデザインクラス 1巻』きゆづきさとこ/芳文社
『GA 芸術科アートデザインクラス 2巻』きゆづきさとこ/芳文社
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