『映画ドラえもん』の歴史をたどる【第2回】

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1980年3月15日。それは、現在まで続く『映画ドラえもん』シリーズの大いなる幕開け。『のび太の恐竜』が公開されたその日である。

劇場の大スクリーンで目のあたりにした史上初の『映画ドラえもん』は、もうその状況だけで感動しないわけがないし、映画の内容もほんとうに面白かった。

本稿では、当時劇場で『映画ドラえもん』を観たときの初々しい感想や体験を軸に各作品を紹介していけたらよいなと思うものの、当時の記憶にはおぼろげなところが多く、まことに心もとない。それゆえ、映像ソフトなどで何度となく再鑑賞した記憶や、今回あらためて観返した感想もまじえて各作品を語っていくことにする。

 

『のび太の恐竜』で繰り広げられる冒険の舞台は白亜紀。1億年前の世界である。長大な地球の歴史のうえで恐竜の全盛期と言ってよい時代だろう。

白亜紀へ出かける前の序盤パートでぐいぐいと心を引き寄せられた。フタバスズキリュウのピー助がひたすらかわいくて、いとおしくなるのだ。陸を歩くのに適していないヒレ状の脚でよちよち歩く姿、長い首を伸ばしてのび太に顔を摺り寄せてくる仕草、刺身をおいしそうに食べる様子……。きゅんとなるポイントの連続である。

のび太はピー助を愛情たっぷりにかわいがり、ピー助はのび太によくなついて、両者は親子のような、それでいて親友のような関係を育んでいく。その交流シーンのひとつひとつに心があたたまる。

 

物語の舞台が白亜紀に移ってから登場するいろいろな恐竜たち(および首長竜、翼竜など白亜紀の生物たち)の姿は、大スクリーンで観るのにふさわしいスペクタクルだった。ティラノサウルスの凶暴オーラ。ブロントサウルスの圧倒的な巨体。翼竜プテラノドンの群れがのび太たちを襲撃するシーンは、藤本先生が映画でどう表現されるかとても気にかけていたシーンのひとつである。

 


LPレコード『長編漫画映画ドラえもん のび太の恐竜 おはなしとうた』

 

終盤、恐竜ハンター一味が地下基地の競技場にのび太たちを閉じ込めてティラノサウスに襲わせ、それをまるでショーのように見物するシーンがある。私が大人になって、藤本先生のお好きな小説に『クォ・ヴァディス』(1896年出版)があると知ったとき、私のなかでこの小説と『のび太の恐竜』のティラノサウルス・ショーのシーンがつながった。

『クォ・ヴァディス』は、暴君として悪名高い皇帝ネロの治めるローマが舞台。ネロは、キリスト教徒たちを捕まえ円形競技場に引き出してライオンなどの猛獣に襲わせ、その模様を見世物にしている。この見世物はあまりに凄惨な残酷ショーだが、これは『のび太の恐竜』で描かれたティラノサウルス・ショーの原風景ではないかと思いが至ったのだ。

『クォ・ヴァディス』は、「こんな面白い小説でノーベル賞をもらっていいのかと驚いた」と藤本先生が絶賛するほどの愛読書だった。

 

『のび太の恐竜』は物語のラストでピー助と別れ、白亜紀からのび太の部屋へ戻ってくる。のび太のママが「2階で何してたの?」と尋ねると、のび太は「ちょっとね」とだけ答え、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫は野比家の玄関からそれぞれの家へ帰っていく……。命がけの大冒険を繰り広げた非日常の世界から、身も心も自然と日常へ戻っていくのだ。その戻り方のさらりとした感じが心地よい。

 

ほかにも書きたいことがありすぎるが、とにかく『のび太の恐竜』は『映画ドラえもん』シリーズの記念すべき第1作として、内容的にも興行的にも成功をおさめたのだった。

 


ヘンリク・シェンキェヴィチ作『クォ・ヴァディス』(岩波文庫)

 

『のび太の恐竜』が公開された時点では、『映画ドラえもん』が翌年も公開されることは発表されていなかった。当時の私がどう思っていたか記憶していないが、おそらく、翌年も『ドラえもん』を映画で観られるなんて想像していなかったはずだ。

ところが、嬉しいことに、『映画ドラえもん』は翌年も公開されることになった。

 

『のび太の恐竜』に続くシリーズ第2作目は『のび太の宇宙開拓史』(1981)。『のび太の恐竜』では日常から白亜紀の世界へ出かけて冒険したが、『のび太の宇宙開拓史』の冒険の舞台は、地球からはるか遠い未知の星だった。

 

『のび太の宇宙開拓史』の原作マンガは、「コロコロコミック」1980年9月号から連載が始まった。その時点では、この作品の映画化に関する情報は何も載っていなかった。

新たな『大長編ドラえもん』の連載が始まったことで「これは映画化するかも」と多くの読者が予想や期待をしただろうし、関係者の証言によれば映画化を前提として連載が始められたということだが、連載開始からしばらくは映画化の情報が伏せられていたのだ。

映画化の報が読者に伝えられたのは、連載第4回目が載った「コロコロコミック」1980年12月号においてだった。

 


『のび太の宇宙開拓史』割引券。多治見大映は私が第1作をはじめシリーズ最初期の作品を観た劇場である。

 

『のび太の宇宙開拓史』は、地球から見てはるか彼方にあるコーヤコーヤ星が冒険の舞台。そのコーヤコーヤ星に暮らす少年ロップルくんが操る宇宙船の倉庫の扉と、のび太の部屋の畳の下がたまたまつながって行き来できるようになる、というアイデアがまずは魅力的だ。日常のなかでも最も日常的な場所である家の一室と、非日常の最たるところにある遠い星が偶然にも直結してしまうなんて! 日常と非日常のドッキングを創作の流儀としていた藤本先生らしい、身近なのに気が遠くなりそうな不思議現象である。

しかも、その2ヵ所は縦と横がねじれてつながっており、畳の下に降りたはずなのに壁面の扉から体が出てくることになる。ただ互いを行き来するだけで、ただちにセンス・オブ・ワンダーを味わえるのだ。

 

のび太の数少ない特技のひとつ・射撃を活かせる舞台設定であるうえ、重力の小さなコーヤコーヤ星では普段ののび太のままでもスーパーマンのような身体能力を得て英雄的な活躍ができる。映画になるとカッコよくなるのび太……。その最初期の勇姿がここにある。

 

そして、『のび太の宇宙開拓史』を観て私の心に最も印象深く残り続けているのが、ロップルくんたちとの別れのシーンだ。つながっていた2つの空間が今にも完全に外れそうななか、地球ののび太たちとコーヤコーヤ星のロップルくんたちが別れを告げ合う。そこに映画のテーマソング『心をゆらして』が流れる。

別れのシーンが情感を込めて丁寧に描かれたことで、心にしみわたるような感動を誘われた。

 

『のび太の恐竜』の併映作は『モスラ対ゴジラ』だったが、2作目からは併映作も藤子先生原作のアニメーション映画となり、何年にもわたってその形が続く。藤子ファンにはたまらない展開だった。『映画ドラえもん』シリーズの記憶はそんな併映作の記憶と強く結びついているけれど、本稿では併映作にまで言及する余裕がないので、泣く泣く触れずにおく。

 


東宝の社内報「宝苑」1981年2月号

 

1982年の春には、3作目が無事公開された。『のび太の大魔境』である。3年連続で公開されると、『映画ドラえもん』は今後も続いていきそうだな、という気分が生じてきた。(前年の夏に『ドラえもん』の映画である『ぼく、桃太郎のなんなのさ』が公開されたが、この作品は毎年春公開の『映画ドラえもん』シリーズにはカウントされていない)

 

3作目の冒険の舞台は現代の地球上。アフリカ大陸に残された魔境だった。白亜紀や遠い星と比べれば現実的な舞台だが、現実的なだけにのび太たちの冒険の舞台として設定するには一工夫が必要だった。なにしろ地球上は隅々まで探検し尽くされており、人工衛星で常にチェックされていて、人跡未踏の魔境を探しあてるのは至難の業なのだ。

そこで藤本先生は、アフリカ大陸にいつも雲がかかっていて衛星写真を撮れない地帯があるという設定を取り入れ、その地帯の名称を「ヘビー・スモーカーズ・フォレスト」とした。その情報を出木杉に語らせて、リアリティを補強している。

 

普通の犬を装って四足歩行をしていたペコが、自分の正体をカミングアウトしたのを機に二足歩行に移る。その動きの変化にパッと視線を引きつけられ、これを境に、この映画がステージ1からステージ2に移行したような感覚をおぼえた。

この映画の序盤から魅力的な“謎”として存在をちらつかせる巨神像は、ところどころでその存在を見え隠れさせながら、物語を先へ先へと牽引してくれる。観客は、この巨神像はいったい何なんだ?という興味に引っぱられていく。その魅力的な謎がラストで動き出して大迫力のカタルシスを与えてくれるのだから、どこまでもサービス満点である。

 

ジャイアンの心理・行動にスポットをあてたのも、『のび太の大魔境』の重要なポイントだ。みんなを危険な状態に陥らせてしまったことで、卑屈になったり、涙したり、責任感に苦しんだりしたジャイアンが、クライマックスで勇敢な行動に出る。

映画になるとジャイアンがいいやつになるというのは、第1作目からその傾向があったけれど、そんなジャイアンの姿をがっつり描いたのが本作である。それは、映画になるとカッコよくなるのび太とともに、『映画ドラえもん』シリーズが回を重ねるなかでお約束化していった面があるが、この当時は、普段と違う姿を見せる彼らに新鮮な驚きや意外性を感じたものだ。

 

『のび太の恐竜』について語ったさい藤本先生が愛読した歴史小説『クォ・ヴァディス』に言及したが、『のび太の大魔境』でもこの小説からの影響が見られる。『クォ・ヴァディス』に、ヒロインの護衛役で巨体怪力のウルススという人物が登場する。そして、『のび太の大魔境』にはペコの父の親衛隊長だった王国一の怪力ブルススが登場する。

ウルススとブルスス。

藤本先生の『クォ・ヴァディス』愛がこういうところにも感じられる。藤本先生は『クォ・ヴァディス』を娘さんに読ませたくてプレゼントしたこともある。

 

この映画は完成が遅れ、試写会にフィルムが間に合わなかった。また、本作の制作中に魔境を舞台とした米国映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』が公開され、スタッフが「やられた」と悔しがった、という逸話もある。

 


第1作『のび太の恐竜』~第6作『のび太の宇宙小戦争』のパンフレット。第2作のみサイズが大きい。

 

4作目の『のび太の海底鬼岩城』(1983年)も、前作に続き現代の地球が冒険の舞台だった。のび太たちは深海へ出かけたのだ。

舞台が深海であること、幽霊船が意味ありげに登場すること、ジャイアンとスネ夫が死んだかのように見えるシーンがあること、深海で出会った海底人があまり友好的ではなくのび太らに死刑を求刑すること、国民が全滅したアトランチスの光景が殺伐としていること、敵となるバトルフィッシュや鉄騎兵が無人状態で作動し続ける無機的な機械であること……そんな諸々の要素から、作品全体の雰囲気として、どちらかといえば暗さや重さが漂っている。

 

水中バギーの自己犠牲によって危機が解決するという結末もまた、作品に重さを加えている。水中バギーは乗り物ではあるけれど、人とコミュニケーションができて、心のように見えるものを持っている。口答えしたり、拗ねたり、甘えたり、自慢したり、泣いたり……。とても人間くさく、乗り物というよりキャラクターなのである。

そんな水中バギーが自分を犠牲にして世界を救ったのを観て、感動しなかったと言えば嘘になるが、同時に少なからぬショックを受けたし、なんとも複雑な感情にみまわれた。

水中バギーの自己犠牲に関しては、当時の藤子不二雄ファンクラブの投稿で厳しい意見があったりして物議をかもしたことも思い出す。

 

のび太たちが深海へ潜る過程で、大陸棚、大陸斜面、海溝、深海生物といった海底に関する理科的な知識が豊富に語られ、後半には海が生物の故郷であることを説明するシーンもある。藤本先生は、ここは子どもが退屈するところ、と意識しつつも、そういう知識・解説を作中によく入れ込んでいた。架空の物語(とくに長めのお話)にもっともらしさや納得感を与えるために知識付けや裏付けをおこなう、というのは藤本先生のひとつの創作術だった。

幼い子には退屈だったかもしれないその解説シーンが、後年になって時間差で効果を発揮することもある。少し大きくなった子どもが「あ、この知識って『ドラえもん』にあったやつだ!」と理科や社会などに興味を持つきっかけになるのだ。

『ドラえもん』は娯楽作品であって、学習や啓蒙というのは本来的な目的ではないが、藤本先生の(娯楽作品として完成度を上げるための)創作術は、結果として学習効果、啓蒙効果を帯びやすいところがある。

本作から監督に起用された芝山努氏は、2004年公開の第25作『のび太のワンニャン時空伝』まで長期にわたり『映画ドラえもん』シリーズの監督を続けることになる。その芝山監督も「理論までちゃんと描いてこそ『映画ドラえもん』」と述べている。

 そんなこんなで、『のび太の海底鬼岩城』は硬派の空想科学・海洋冒険ものとして結実したのである。

 


『のび太の海底鬼岩城』特別鑑賞券

 

1984年公開の第5作『のび太の魔界大冒険』は、プロモーションが華やかだった。映画ドラえもん5周年&自然保護憲章制定10周年記念で大々的にグリーンドラえもんキャンペーンが展開された。「ぼくたち地球人」がキャッチフレーズで、青から緑に模様替えしたグリーンドラえもんがシンボルマークだった。映画入場者全員に「ぼくたち地球人バッジ」が配られたほか、“自然とドラえもん”画コンクールが開催され、テーマソングをトップアイドルの小泉今日子さんが歌った。

個人的には、“自然とドラえもん”画コンクールに応募して入賞したことが良い思い出だ。記念のメダルやプレートがもらえたし、入賞者全員のイラストが集められて1枚の大きなカラーポスターが作られた。最も嬉しかったのは、審査員が藤子不二雄先生、大山のぶ代さん、小学館の立川紀元さんだったので、もしかして自分のイラストを選んでくださったのは藤子先生かもしれない、と勝手に思い込めたことだ。

 

『のび太の魔界大冒険』では、『映画ドラえもん』史上初めてコンピュータグラフィックスが使用された。予告編が凝っていたし、ポスターの『ドラえもん』のロゴがローマ字で表記されたりもして、そうしたところからも華やかさが感じられた。

華やかなプロモーションの背景には、前々年、前年と徐々に下がっていた興行成績を盛り返そうという思いがあったのだろう。芝山監督は「『海底鬼岩城』は、以前の3作に比べて観客動員が落ちたんです。それで次がダメだったら打ち切りになるぞ、と周りから脅されて(笑)」と当時を述懐している。

 


『のび太の魔界大冒険』の主題歌「風のマジカル」のレコード

 

『のび太の魔界大冒険』は、伏線の見事な回収、偽エンディング、パラレルワールドの分岐、時間遡行など、物語の構造に意識的でひねりのある構成の作品だった。そして、プロモーションの華やかさに負けず、作品自体にも華があった。

冒険の舞台は魔界。それまでの『映画ドラえもん』と比べ最もファンタジー度が高い舞台設定だったが、そんな架空の舞台にリアリティを与える説明に私はかなり感銘を受けた。

もとは学問として研究されていた魔法が迷信として退けられ、代わりに科学が発達した現実の世界。その歴史を出木杉に解説させたうえで、もし科学ではなく魔法が発達していたら……という発想で魔法文明の世界が作り出された。日々の生活のなかで魔法を使える夢のような世界である。

ところが、魔法文明の世界だからといって誰もが自由自在に魔法を使えるのではなかった。魔法を使うためには勉強や訓練が必要で、場合によっては高額な道具を買わねばならず、能力差や経済力がつきまとって、ファンタジックな世界なのに現実的な身も蓋もなさを感じさせた。

そんな絶妙の匙加減で設定された魔法世界が私の心をとらえた。そして、しずかちゃんの「え、科学なんて迷信を信じてるの? 魔法文明の世の中で」のセリフで完全にハートを射抜かれた。われわれの世界で魔法が迷信であるように、あちらの世界では科学が迷信扱いされている!と常識が逆転した世界にワクワクした。なんとツボをついてくれるIFの世界だろう、と感激した。

 


『のび太の魔界大冒険』の原作マンガが連載された「コロコロコミック」1983年9月号~84年2月号

 

本作のヒロイン満月美夜子さんがとても魅惑的な美少女で、その活躍も目覚ましかった。彼女は魔法で猫に変身させられてしまうが、その猫になった姿もまたかわいくて、人間の姿のときと合わせて、当時中学生だった私を魅了した。美夜子さんはのび太より少しお姉さんといった年ごろで、当時の私の年齢に近いはずである。

美夜子さんのかわいらしさは、映画公開の前、原作マンガ連載中の段階から注目されていた。特撮・アニメなどに造詣の深いライター・池田憲章氏は、美夜子さんのことを「ホント、かわいいんです」と称賛し、映画で彼女の変身シーンがきれいに描かれることを期待すると述べていたし、それを受けて芝山監督は「(美夜子さんを)めいっぱいかわいく描いて、変身シーンを凝ったものにしたい」「ちょっぴり色っぽくしようと考えているんです」と美夜子さんの描写に力を入れる旨を語っていた。

のび太たちをリードし引っぱっていく美夜子さんの利発で頼もしい様子にも惚れ惚れした。彼女は、かわいらしさと凛々しさを併せ持った、輝けるヒロインなのである。

 

大魔王デマオンがラスボス感たっぷりの堂々たる迫力と恐ろしさを備えており、悪魔・魔物の無気味さや魔界星の奇景なども相まって、敵方の存在感も抜群だった。

この作品で興行成績を盛り返すことに成功した。

 


『のび太の魔界大冒険』劇場限定グッズ


『のび太の魔界大冒険』の特別前売券。4作目『のび太の海底鬼岩城』(1983年)公開時、藤子不二雄公認FC「UTOPIA」の会員全員に藤子スタジオから映画の鑑賞券がプレゼントされた。その年のうちにFCは解散したが、翌年も藤子スタジオから鑑賞券が届き、驚喜した。スタジオのご厚意で元会員にプレゼントされたのだ。このありがたすぎるご厚意は8作目まで続いた。

 

6作目『のび太の宇宙小戦争(リトル・スター・ウォーズ)』(1985年)の大きなトピックは、1作目から4作目のテーマソングで作詞を手がけてきた武田鉄矢さんがついに作詞だけでなく歌唱も担当したことだ。そして、そのテーマソング『少年期』がすばらしい名曲だったことである。

藤本先生ご存命時に『映画ドラえもん』のテーマソングの大半を手がけた武田さんが最も気に入っているのが『少年期』であり、この曲を聴いた藤本先生もたいへん喜ばれたという。

 


『のび太の宇宙小戦争』の主題歌「少年期」のレコード

 

映画本編の前半は、体が小さくなることの“すこしふしぎ”な楽しさを満喫できる。人形用のハウスで暮らす、人形とダンスする、自分より大きなメロンを食べる、風呂場が広々としたプールになる……。その種の楽しさの極め付きは、しずかちゃんが夢をかなえて牛乳風呂に入浴するシーンだ。

片手鍋で牛乳をあたためるしずかちゃんからあふれ出るウキウキ気分が、まずこのシーンのテンションを上げる。そして、入浴中のしずかちゃんの美しさとともに、彼女の指先から牛乳のしずくが落ちて牛乳風呂の水面にミルククラウンが生じる瞬間がとてもきれいで、絵的に心に残る。

 


『魔界大冒険』『宇宙小戦争』割引券

 

『のび太の宇宙小戦争』では、スネ夫が作ったラジコン戦車が敵と戦う主力の武器となり、おかげでスネ夫がかなりの存在感を放っている。とともに、彼の行動と心理が丹念に描かれている。

とくに、自由同盟本部のシーンで描写されるスネ夫の心の動きは白眉である。自由同盟の本部はピリカ星の小惑星帯にあった。そこへ何百という敵の無人戦闘艇が向かってきたとき、スネ夫は暗い倉庫に閉じこもって身を隠していた。それを見つけたしずかちゃんは、おびえて泣くスネ夫の前から無言で立ち去り、戦車に乗り込んで出撃する。

あんなにおびえていたスネ夫だったが、少し遅れて、しずかちゃんのところへ戦車で駆けつける。「怖かったけど……女の子一人で危険な目に合わせられないし」と遠慮がちに言って……。

そうして、しずかちゃんの戦車が攻撃されたとき、スネ夫はとっさにしずかちゃんを守る行動に出る。その行動の結果、自信を得るに至った。

身を押しつぶされそうな恐怖心を抱えながらも勇気をふりしぼって行動に出たことで、スネ夫は自分の強さを知ったのである。このシーンは、スネ夫史上屈指の名演だと思う。

 

敵の襲来におびえて身を隠すスネ夫の姿は、周りの人たちが勇敢なだけに際立って臆病に見えてしまうが、あんなに恐ろしい事態に直面したら逃げたくなるし泣きたくなるのは仕方がない、むしろ当然のことだろう、とスネ夫に心を寄せる私もいた。おびえるスネ夫の姿は、この自分の姿でもあったのだ。

私がこのシーンに思い入れを持つのは、そんな理由もある。

 

ピリカ星にある自由同盟の地下組織のシーンがじつに抒情的に描かれているのも、この映画の見逃せない魅力だ。自由同盟のメンバーが『少年期』を歌い、疲れて眠るのび太をドラえもんとジャイアンが見守る……。胸がジーンとしてくる演出だ。地下組織のシーン自体は原作マンガにもあったが、この抒情的な演出は原作にはなかったもので、映画版だけのボーナストラックのように感じられた。

 


『のび太の宇宙小戦争』劇場限定グッズ


『魔界大冒険』『宇宙小戦争』公開時に東海地方の劇場で実施された企画のチラシ

 

1985年といえば、この年から「大人だけのドラえもんオールナイト」がスタートした。私は参加できず、指をくわえてうらやましがるだけだった。

 

《第3回に続く》

稲垣 高広

『モッコロくん』を読んで藤子マンガに惹かれ、小学校の卒業文集には「ドラえもんは永遠に不滅だ!」と書きました。
中学で熱狂的な藤子ファンになり、今でもまだ熱烈な藤子ファンです。

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