疾走する純情 松田聖子とHanniの青い珊瑚礁
1980年の初夏、もう子供扱いには辟易だったが、といって大人になろうなんて気もまるでなかった僕等の前に、青い珊瑚礁の歌声とその少女は突然に現れた…と思えた。なぜってあの”えくぼの~”の声の主と同じとはすぐには気づけなかったもの。
その出逢いは、むき出しの首筋と肩が眩しいノンスリーブの純白なドレスに、小さなこれまた白いパラソルをもって夏の渚を走る松田聖子のCMのバックに流れるCMソングだったかもしれない。
あるいは、トロピカルな海辺で、結果的にはこの時だけの限定公開となる、すごく華奢なビキニ姿を披露したGOROやプレイボーイのグラビアに誘われるようにTVチャンネルを合わせた歌番組で見た、まだ内心の不安を隠しきれないような頼りなさげな風貌で、やはり白いドレス(この頃はまだ、その後の彼女のトレードマークとなる大袈裟なフリルはさほど目立っていない)に身を包んだ新人少女歌手の持ち歌としてだったのかも。
いずれにせよ、僕らはまず驚いてしまったのだ。一見してまだテレビ慣れ、ステージ慣れもまだまだの半シロート、無垢でとても愛らしいけれども、力強さとは全く無縁に見えたこの少女の体から発せられた歌声の爆発的な勢いと、そのバネが弾むような躍動と疾走感に。それは今流に言えば”ギャップ萌え”だったのだろう。
トロピカルな南の風に乗って駈けてた純真少女によってもたらされた脳髄を直撃する衝撃。
トロピカル少女、聖子。こういう聖子はデビューした年(80年)の夏だけ。その後、彼女のビキニ姿は20年近く封印。確か青少年用グラビア雑誌GOROだったはず。もちろん当時は、即買っていた。この写真は7‐8年前に再入手した切り抜きより。
グラビアのトロピカル少女がテレビではこうなるわけだ。このステージはEighteenのころだからもう夏が過ぎ、秋が始まるころかもしれない。画像引用は『松田聖子写真集 聖子ひとりじめ』より。
”令和の聖子ちゃん”、K-POPのガール・グループ、New Jeansのメンバーで、先日、我らが松田聖子の青い珊瑚礁をカバーして大反響を呼んだメンバーのひとり、Hanniのこととか。
NewJeansとは、まだデビュー2年ほどの新進のK-POPガールグループだが、早々に韓国内のみならず国際的にも反響を呼んでいて、去年の紅白にも出ていたらしい。が、聖子の出ないTV番組を見ない私は全く知らなかった(汗)。メンバーの女性5人、皆さん、若くてとても綺麗だな。
NewJeans。こういう格好されるとジジイには誰が誰かさっぱりわからん。我らがHanniちゃんは一番、右端の子か?(画像引用:NewJeans 公式Xアカウントより)
そんな彼女らの先日の東京ドーム公演、初日のHanniの青い珊瑚礁の初披露、みなさん、YouTubeでご覧になったでしょう?いやあ、視覚的キュートさのインパクトが凄まじいな。その上、もともとノリが良くて、日本人なら誰でもが知っているだろう名曲、青い珊瑚礁だもの。
反響は日本だけでなく韓国にも及び、”Hanniが松田聖子を現代に“復活”させることで、日本が最もキラキラ輝いていた時代を思い出させてくれた”等々、日韓両国で大評判になったというのだが、80年代を松田聖子と共に過ごしたと自負する(?)目で見ると、Hanniのパフォーマンスのどこが聖子で、どう応用していたのかを具体的に見てみよう。
まず目につくのがHanniの容姿そのものとこの時の衣装だろう。K-Popのグループってどれもバシッと決めたスキのない格好良さと美貌というイメージで、このグループの他のメンバーも例外でないが、Hanniは少し異色だ。
彼女は韓国人でなく、オーストラリア生まれのベトナム人でベトナム名はPham Ngoc Han(ファン・ゴック・ハン、つまりベトナム流ならハンちゃんだ)、そこでHanni Pham (ハニパム)とのこと。
おお、何とホンマものの南から来た少女であったか。デビュー時の聖子も実際はともかく、イメージは南の少女だった。
Hanni、19才、本名はPham Ngoc Han。K-POPグループらしいクールビューティ的ポートレイト。でもどこかに幼さ、素朴さが感じられる。(画像引用:サイト「音韓」より)
スッピン聖子、19才、素朴そのものの顔つきでこちらは典型的極東アジア顔。Hanniのスッピンが典型的東南アジア顔なので、YouTubeで比べてください。(画像引用:『松田聖子写真集 聖子ひとりじめ』より。)
そしてHanniの容姿だが、身長はメンバーの中で最も低く、160㎝ちょっとで聖子の公称とあまり変わらない、最も80年代の聖子の公称身長は158㎝だったのだが(苦笑)。そして他のメンバーのクールな美貌系少女(それゆえK-POPグループはアンドロイドかマネキンのようだとしばしば揶揄されが)とはかなり違う、愛嬌があって親しみやすい”可愛い妹”系の、悪く言えばスキのあるタヌキ顔(失礼!)で、それは80年代前半の聖子も同じだった。最も彼女の顔の造作は、聖子というより宮崎あおいに近く見えるけどね。
さらに、Hanniがステージで歌った時の髪型=ショートボブを”聖子ちゃんカット”と書いている記事もあったが、これは違うでしょう。まあ、昔の松田聖子が大人の女性を強調したくてショートボブを披露することもあったけどね。
Hanniの場合は全く違う。彼女、普段も、通常のステージもストレートなロングヘアのK-POP典型美少女を装っていたから、このパフォーマンス用にウイッグで髪形を変えることで思い切りいつもと違う、別な新鮮味をアピールしようとしたことは間違いない。もしかして、その新鮮さというのは本格的な夏に入ろうかというこの時期を考えたら、”髪を切った私に、違う人みたいと・・・”って夏の扉の歌詞から来たのではないか?
そんな詮索も穿ち過ぎとは思えないくらい、Hanniの今回のパフォーマンスは松田聖子をよく研究し、周到に準備されたものだったのだ。
例えば、今回の衣装だが、聖子が着たたようなコーディネイトとコメントされていたが、それもそのはず、この衣装の直接のヒントになったのは間違いなくこれだ。1983年主演映画の夏服のイヴよりからのもので、バックはニュージーランド。清涼感あふれたリゾート感覚は当時の聖子に書かせないものだった。
(画像引用:映画『夏服のイヴ』パンフレットより)
そして、Hanniの衣装はこれだものね。ステージでの大きな動きが必要ということで、聖子の衣装より、袖丈やスカート丈がちょっと短くなり、より身軽でスポーティになっている。とはいえ、だいたいK-POPのガールズグループというとへそ出し、超ミニか短パンといったダイレクトなセクシーさ、時にストリート系な大胆さ、もっと率直に言って攻撃性を感じさせるものが多いのだが、それらを封印し、白を基調にした清潔感と繊細なコケットリー、そこから少女的な純真さを前面に出して、海辺の夏の躍動感をたっぷり漂わせた衣装で勝負した。
この姿で登場したHanniを見た瞬間、意表をつかれた驚きと共にハートを射抜かれたファンがたくさんいたことは想像に難くない。それは聖子をテレビの前で初めて見た時に私たちが受けたものととても良く似ていたはずだから。
東京ドームでのステージ。このポースは”青珊瑚でなく、♪そしてひみつぅ~♪かな。(画像引用:NewJeans 公式Xアカウントより)
実はNewJeansの敏腕プロデューサーで、今回のライブを選曲まで仕切ったミン・ヒジンさんの青い珊瑚礁を取り上げた狙いとその解釈をインタビューで答えていて、これがとても面白い。
彼女曰く、とにかく(他のK-POPグループ)には見られない、日本の男性、女性、そして全世代にまたがる驚きを演出したかった、そこでほとんど考える間もなく、ぱっと浮かんだのが”青い珊瑚礁”で、それは”なによりHanniのイメージに完璧にマッチしている”、しかし、”ただ松田聖子を正確に複製するのでなく、その伝説的、象徴的な特徴をHanniに似つかわしいように反映し、表現し直すことが肝心だ”と。
ほぉ、お見事。でもそれが難しいのよね。さすがに衣装と髪型は見事に彼女の目論み通り、ではそれ以外の点はどうだったか?
このあたりを率直に明かした動画が公開されている。ハンちゃんが他のメンバーと”青い珊瑚礁”を歌った舞台裏をペチャクチャとお喋りする動画で、聖子動画を何回も見返して最大限に似せようとしたこと、細かい所作やバックダンサーの振り付けまで苦労して研究したこと、歌詞にも心から共感していたこと(少し意味の取り違えがあるようだが、ご愛敬。真意の部分で間違っていないから良いのだ)を明かしている。
余談だが、彼女のこのオフのスッピン、見たら100%ベトナム人顔、私の義理の姪っ子(=ベトナム人)の若い時とそっくりだった(爆笑)。
なるほど、Hanniが指摘したように聖子は”熱い胸、聴こえるでしょう”の部分でたいてい、耳をかき上げているが、Hanniも同じ部分でしっかりと同じことをしており、これは本家を意識して取り上げたわけだ。
聖子動画には、韓国のアイドルオタクが作った様々な青い珊瑚礁の歌唱を継ぎ接ぎした編集動画がいくつかあるのだが、作成者が聖子のどこに惹かれたかがわかる点で面白い。その動画でも、この耳のかきあげ部分は抜け目なく、しっかりと取り上げられている。そして、どうやら韓国人は、聖子動画では、特に羽田空港で飛行機から降りて歌うベストテンの中継動画がお好みのようで、韓国のニュース番組でも取り上げられていた。デビュー直後の当時の日本男子と同じように、現代の韓国人も1980年の松田聖子が感じさせた”うぶ”な純真さにめろめろらしい。
そしてHanniが青い珊瑚礁を歌うはるか以前から、こうした韓国人ファンによる聖子動画はいくつも作られていて、私たち日本の聖子ファンも韓国アイドルオタクの間でこの曲が地下水脈で知られていたことは気づいていたし、それだからこそ、この曲が今回、取り上げられることになったのだろう。
実は聖子のファーストコンサートは80年9月30日で、既に次曲、風は秋色の頃で、青い珊瑚礁はもっぱらテレビでの歌唱が中心。そこで、ステージでの歌唱写真はあまりない。これらの写真はファーストコンサートからのもので、頼りなかったはずの少女の堂々のステージ姿を感じてもらいたい。なおファーストコンサートから間もない11月のステージがオーディエンス録画の映像で見ることができる。当時の聖子がどんなにすさまじい声を出して歌っていたかがわかるので、興味のある人は探して聴いてみて欲しい。(画像引用:『聖子ひとりじめ』より)
さて、聖子が青い珊瑚礁を歌った80年代はソロ歌手が中心だったこともあり、今ほど、振り付けや踊りがビシッと決められていない。
要所要所の振り付けポーズ以外は、その場のノリで音に合わせて体を揺らせる程度なのが普通で、特に 聖子は調子の良い時ほど、その場の気分次第で体の揺らし方、リズムの取り方を変え、場合によっては振り付け部分もしたり、しなかったり、したらしたで、おかずを付け加えてみたりと自由奔放になっていったものだ。
一方、Hanniの青い珊瑚礁ではファーストコーラスには振り付け部分があまりなく、聖子と同じようにリズムを体で取って、あとはその場の反応で観客の声援に応える程度、後半になって、印象的な左右の腕をぐるぐると振り回す二度目のサビ以降、特に間奏でバックダンサーが出てくると、一転してしっかり一緒にダンスをするという構成となっている。
つまり前半が80’s 聖子へのオマージュ、後半が自分たちの時代の個性で、というわけだ。ただ、このダンスにしても、ダンスと音楽の比重がほぼ50/50で、音楽に対しての独立性の主張が強い現代K-POPとは違って、ダンスというよりむしろ振り付けと言ったほうが相応しい、あくまでHanniの歌を盛り上げることに徹した動きなのが何とも昭和歌謡風。
とはいえ、この時の振り付けがビシビシと連発されるスピード感と一瞬のブレイクでキメポーズを作るメリハリのつけ方はさすがに現代の最新K-POPグループ。
Hanniはライブでの好評を受けて日本のテレビ番組でも青い珊瑚礁を歌った。
随分、緊張していたみたいで、声が上ずっているところもあり、出来は東京ドームの時の方が上だったように思うが、ライブでの披露を経て、歌の振り付けはさらにHanniの聖子研究ぶりがわかるものとなっていた。ここでは、歌う前にペコリと一礼するが、最近では歌う前にきちんと頭を下げてなんて珍しいから、これも、聖子、いや80年代という時代に対してのオマージュだろう。次に一回、右手を大きく挙げて力強く振り下ろすのは、完全に聖子の青い珊瑚礁振り付け完成形から取り入れたもの。 またマイクを両手で大切に抱きしめるように握るポーズを多用するが、これも聖子由来だろう。そして耳の部分の髪のかきあげもしっかり。
セカンドコーラスの”あなたが好き”のところでは振り向きざまのウインクを決めてみせて、TV視聴者目線を意識してのサービス精神を大いに発揮するが、聖子も青い珊瑚礁からより場慣れし、トップアイドルの貫禄さえつけたた2年後にはTV歌唱中にウインクを多用し、時には投げキスなんてこともあったから、そうした”ぶりっ子”振る舞いも意識したかもしれない。
そして何よりも、全篇に渡って披露する歌い踊ること自体を楽しんでいるような、それでいて、緊張による(?)はにかみも含んだ初々しい笑顔こそが、80年代初期、あの頃の聖子を彷彿させる。
なお、私が個人的にこんなとこにも共通点が!と意外と同時に微笑ましく感じたのは、最初の東京ドームでのライブの動画、一番、最後の方、キメのポーズの前にダンサーのところに戻るため、走り寄る後ろ姿の少々不器用にも見えるドタバタ走り、あれはまさに当時の聖子そのもの。
カッコ良く、鍛えられたスポーティさが売りのK-POPの歌手たちの走り方じゃ全くないもの(苦笑)。
(画像引用:NewJeans 公式instagramより)
さて、ダンスや振り付け、衣装をどんなに聖子っぽいものを取り入れたとしても、やはり歌唱と歌声そのものが伴わなくてはいけない。松田聖子の青い珊瑚礁の歌そのものは、私たちの年代はかつて何度、聴いたかわからないほどなのに、それでも改めて聴くと、その声の勢いとバネの強さに驚いてしまう。
出だしのいきなりのサビでは、この頃の聖子のまだ青いやや生硬な声をどこまでも伸びていきそうな高音で響かせまくって僕らを驚かせたが、HanniもNewJeansの時のクールに鼻にかけて喉で歌う唱法でなく、頭サビの部分は思い切りお腹から声を出して歌いだしたので、従来からK-POPファンの、特に聖子の曲に馴染のない若い人たちは驚いたろう。二人の声質は決して似ているわけでなく、ジューシーな酸味と少女性を強く感じさせる共通点はあっても、Hanniには当時の聖子の突き抜けるようなハイトーンの爆発力には欠けていて、かわりに声の糖度が聖子より高い。
だから初期聖子の強烈なしゃくりはHanniの場合はそれほど強調はされないし、”走れ、あの島へ”のサビの終了部、聖子が声を全開にして走りぬけるのに対し、Hanniはちょっと引き気味に甘さを強調して終える(特にTVヴァージョンがよりはっきりとこの特徴が出ている)。
だが、そんな違いもほとんど気にならないのは、その歌声があの曲の持つ独特なリズムのアクセントにのってこそのものだ。
TVヴァージョンでのHanniは出だしのコーラス部分、彼女も聖子のように右手でリズムを取るのだが、それが単純な4/4拍子でない複雑な拍子をとっている。
一方で聖子、83年のTV番組「The Star 振り向けば‥・聖子」では腕だけでなく、肩、それと画面では映らないが膝まで組み合わせて、まるでリズムを操るかのような動きをしているが、このふたり、実は同じことをしていて、つまり楽譜上では書き表せない、アクセントとより細分化された拍子に体を合わせて歌っているのだと思う。
そしてこれが、凡百の歌手が歌う青い珊瑚礁とは違う、ぐいぐいと突き進むような勢いと、まるでサンバを踊るような躍動感を生み出しているのだろう。
そして、私は青い珊瑚礁という曲に最も肝心なものは、この勢いと躍動感、そして純情さの表現だと思っている。
おそらく、歌手デビュー数か月の青い珊瑚礁当時の聖子と今のHanniでは、キャリアが既に2年を過ぎている分、Hanniの方がよりプロのエンターテイナーとして洗練と場慣れが進んでいる。ただ、今回の彼女には日本で初めての大舞台、しかもソロで、今まで歌ってきたものとはまるで違う種類の、しかも40年以上もまえの日本の伝説的な曲を披露するということで気合も入っていたし、きっととても新鮮で気持ちでこの曲に取り組めたのだろう。
そんな初々しさ、瑞々しさが歌にも自然に溢れ出てきて、上手く曲の持つ純真さに結び付いたのだと思う。
(画像引用:『松田聖子写真集 聖子ひとりじめ』より)
秋の憂愁という感じの聖子とHanniの二つの写真を並べてみた。Hanniの衣装は青い珊瑚礁を歌ったステージの時のものだね。(画像引用:NewJeans 公式Instagramより)
今、Hanni は19才、そして聖子が青い珊瑚礁を歌ったのは18才、ほぼ同い年で、少女が大人になり切る少し手前でこの曲に出会ったわけだ。
これはもの凄い大きな意味を持っている。
実は青い珊瑚礁という曲は、歌手の声質、歌唱力、キャラクターはもちろん、その歌う旬の時期も同時に厳しく選んでしまう、ある意味、とても残酷な曲なのだ。
韓国の記事では”過去、多くの歌手たちがこの曲のカバーに挑戦したが、誰一人として評価はされなかった”とある。その通りだ。
あるものは、この曲が要求する音楽的レヴェルを超える技量を持たず、ある者はキャラや声質がこの曲に相応しくなかった。数少ないが、その壁を超えられる高い音楽的な資質を持つ歌手がいたが、今度はこの曲を歌える旬を既に逸していた。
ご本家、松田聖子にしたところで、彼女がこの歌を歌い切れて、それを100%表現できていたのは81年に喉を傷めて、声質がガラッと変わってしまう以前まで。
ソニーが先日、Hanniの話題を受けて(?)急遽公開した83年の武道館公演の青い珊瑚礁はもはや声質も変わってしまい、完全な別物だし、数年前の再吹込みのニューヴァージョンは、今の聖子のできる最大限の工夫で頑張ったとは思うが、やはり私にはかつての自分のカリカチュアとしか思えなかった。
そしてHanniにしても、果たしていつまでこの曲を今回のように歌い切れるだろうか?
少女が大人の女性にメタモルフォーゼするのはあっという間、きっとそんなに長くはないだろうと私は思っている。そもそも超やり手で、これだけこの曲を理解しきることのできたミンヒジンさんのことだ。同じ手を二度使うという愚は避けて、今回限りのスペシャルということで封印してしまうかもしれない。
さて、気になるのは、聖子がこのHanniの青い珊瑚礁をどう思ったということだが、今のところ、何の反応も聞こえてこない。聖子らしいなと思う。
今の彼女にもはやあの時の純真さを求めることはできないにせよ、あの時と同じように彼女は今も走り続けることはやめていない。
そうした”走り続ける”人は、私たちと違って、かつての自分の姿の中にノスタルジアだけを見て、それにひたることはしないものだ。聖子にしても自分が成し遂げたものの大きさを今さらながら気づかされて、こそばゆく思うことくらいはあったろうが、それに気を取られ、失われたものに立ち止まる必要など感じていないのだろう。
松田聖子にとっても、そしてHanniにとってもさらに幸運だったのは、彼女ら個人の資質だけに留まらず、時代も彼女たちが歌ったこの曲を後押ししたことだ。80年は日本にとって長く重くのしかかっていた戦後の残滓がやっと払拭されていいタイミングで、力強く突然に清新な聖子が表れた。
彼女の出現で、目の前がサッと見通しが良くなるような気がしたのは僕だけでないだろう。
今回、Hanniが若い人たちだけでない、さらに上の世代まで、それも日本だけでなく韓国でさえ同じようなインパクトを持ちえたのも、行き詰まりばかりが目立ち、先行きが見通せないこの時期に、今から思えば明るく幸せだったようにしか思えない過去のある時期を一瞬でも夢見させてくれる、擦れのない素直な明るさがHanniのパフォーマンスに現れていたからだろう。そしてどんな人間も疾走するかのような純情を目の前にしたら若い者は無意識的にであれ、それを体現できるのは、とても特権的な資質を持つ限られた者だけであることを知るがゆえに。そして、年齢を重ねたものは、それは、生きてきた中の限られた特権的な時間でしか可能なものでしかなく、もはや自分には取り戻せないものであることを知るがゆえに。
(画像引用:『松田聖子写真集 聖子ひとりじめ』より)。写真がピンボケと言われるかもですが、元々の写真がこうなのです。でも、もう45年近く経てば、どのような記憶も多少ともピンボケになるもの。もはやあの時の聖子はいません。年末の紅白で聖子とHanniを青い珊瑚礁で共演!なんてNHKは考えていそうですが、実現したら面白いとは思うけど、少し酷かな。何せレオンスピンクスと戦った当時のモハメドアリにソニーリストンに勝った時のカシアスクレイを対戦させるようなものですから。あ、レトロボクシングファンでないと何言っているかわかりませんね。結構です。無視して下さい。
この文章をお読みいただいた方に深く感謝します。
言葉では音楽そのものやパフォーマンスをどんなに工夫しても表現でききれません。やはり、この文章を書くインスピレーションの基になった松田聖子やHanniの動画を一緒に見て頂いた方が楽しいと思います。
以下のXの私のポストとそのポストのツリーにそうした動画のアドレスを引用しておきましたので、興味のある方は覗いてみてください。
→https://x.com/bossacoubana/status/1820112982288064848
1960年生まれ。
様々な音との出会いを求めて世界を彷徨い続けていますが、ふとした拍子に立ち戻るのは、ジョアン・ジルベルトと松田聖子、そしてエリック・ドルフィーの音の世界。聖ジュネで示された方法論を応用して聖子を理解し、語り尽くすのが夢。
プロフィール写真はJose Antonio Mendezの「ESCRIBE SOLO PARA ENAMORADOS/フィーリンの真実」レコードジャケットより。
Twitter ID:@bossacoubana
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