「ドラゴンマガジンの黎明とガメル連邦」第2回

加藤 一(かとう はじめ)

「ドラゴンマガジンの黎明とガメル連邦」第1回はこちらから。

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 ちょっと昔の話をしましょう。

 という訳で、1987年。
 今回も「月刊ドラゴンマガジン」(角川書店)の創刊前夜のあれこれを続けます。
 ドラゴンマガジンと言えば今や、ライトノベル雑誌の老舗のひとつと言っても過言ではないと思います。ここから発掘されたり、注目を集めたりして世に出ていった作家さんを数多く輩出してきました。
 後に、主人公が登場しないまま連載終了することになる「キャロル・ザ・ウェポン」の穴うめ企画となった武器兵器コラム「アーマーケット」の他に、僕はドラマガでもうひとつ企画を担当していました。それは「ガメル」というものでした。

 ガメルというのは「ドラゴンマガジンで通用する仮想貨幣(ごっこ)」です。これはガメルが初……ということでもなく、当時、ファミコン雑誌「ファミ通(ファミコン通信)」(アスキー)に、「ガバス」という先行企画が既にあったので、それを多少は意識していたんじゃないかな、とは思います。
 山陰生先輩の地元の方言で「がめる」というものがあります。盗む、ちょろまかす、掠め取る、質に入れる、大きな利を得ようとするなどなど、幾つかの意味がありますが、僕の所にこの企画が来たときには既に「ガメル」という単語と仮想通貨であることだけは確定してました。意味は多分「ちょろまかす」だと思います。

 で、「この仮想通貨を読者に配る仕組みを考えてみろ」という形で、ゼロから企画に取り組んだ結果、「読者投稿ページにしましょう!」と相成りました。
 読者が誌面にネタをハガキや郵便で投稿する。
 掲載されるとご褒美(掲載報酬)としてガメル札(紙幣)が貰える。
「ご褒美」としてくれるのだから、くれるのは王様とお姫様がいいんじゃないか。
 王様とお姫様がくれるんだから、読者は国民ってことにしたらいいんじゃないか。
 ……と、こんな連想で王様と姫様がMCを務め、投稿者を国民と言い張る投稿ページ【ガメル連邦】を始めることになりました。
 ガメル連邦があるからガメル札ができたんじゃなくて、「ガメル札を配るためにガメル連邦を後から作った」わけですね。
 ガメルはドラマガで連載されたテーブルトークRPG「ソードワールド」内の通貨単位でもありますが、これも設定的には後付けみたいなもので、あくまで創刊前年に通貨単位だけが先行して決められ、ガメル連邦だの連邦の通貨だの、ソードワールド内の通貨だの……という諸々の設定は泥縄のように後から後から付け足されていったものなのでした。

 ガメル連邦の中で読者に何を投稿させるか? と言ったようなことについては、特にあまり厳しい縛りみたいなものはなかったように思います。王様と姫様によるお題の提示はありましたが、読者は「ガメル連邦という架空の国の国民として振る舞う」というお約束を守ってさえいれば、大抵の投稿ネタは載せてしまう、といった緩さがありました。
 ドラマガの投稿ページなのだから、ドラマガ掲載作品に関するネタなどもっとあってもよかったんじゃないかなと思うんですが、ドラマガにはガメル連邦とは別に掲載作品の感想を送る真の読者ページがあったせいか、ガメル連邦にはそういう投稿はあまり来ませんでしたねえ。

 ここまでで書き忘れていましたが、この頃の読者投稿ってハガキか封書などほぼ郵便物のみでした。今はメールとか投稿オンラインフォームなどなど電子的手段が主流になっていますけど、30年前と言ったらまだインターネットの普及より全然前、パソコン通信すらマイナーな存在だった時代です。当然ながら、個人がPhotoshopやコミスタを持っているはずもなく、というかまだ世に出ておらず、パソコンを個人で保有している人も、絵を描くためにパソコンを使う人もそれほどいなかったと思います。
 ちなみに、当時、漫画家やイラストレーターさんがコンピューターで絵を描くために環境をゼロから揃えようとしたら、ざっくり300万円くらい掛けないと使い物にならなかった、と聞きます。当然マッキントッシュ時代の話ですが、バブルで景気のいい時代であっても絵を描くために300万円ぽんと出せる人はあまり多くなかったと思います。
 アマチュアの投稿者ではなおのことなので、ほぼ100%イラストはハガキに手書きでしたし、文字投稿もハガキが主流でした。
 中には何を思ったか「一夏履き古したビーチサンダルの片足に油性ペンで投稿内容を書き、サンダルに切手を直貼りして送ってくる」とか、「スルメに直接投稿内容を書き、スルメに切手を直貼りして送ってくる」といった豪快な投稿もありました。
「他の郵便物を汚したり汚損しないもの」であれば当時はそういうものも郵送できたんですよ。その後の投稿企画の実験の結果、「菓子の箱を開いてハガキ大にしたもの」はセーフで、「紙やすりをハガキ大にしたもの」はアウトという結果が出ています。紙やすりは他の郵便物を傷付けるから駄目なんでしょうね、アレ。

 そういうバカ投稿を「バカが来た! バカがおもしろいの送ってきた!」と誌面で取り上げちゃうもんだから、続く投稿者が次々にエスカレートしてバカ投稿を送ってくるようになり……当時、編集部にはガメル連邦宛の投稿ハガキが平均して毎月2000枚くらい届いていたんですが、多分迷惑なものもいっぱい届いてたんじゃないかと思います。当時の編集部がそこの辺り笑って許してくれていたことを考えると、本当にドラマガがある方向に足向けて寝られないなって。

 で、この当時のガメル連邦の投稿者――つまりガメル国民、彼ら投稿者はガメリアンと自称してましたが、このクセモノ揃いのガメル国民の中から色々な人材が生まれていくことになるのです。

 あれ? 創刊前夜の話を書いていたつもりが、いつの間にか黎明期の話に!

 ……紙数が尽きましたので、また続きます!

「ドラゴンマガジンの黎明とガメル連邦」第3回はこちら。

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加藤 一(かとう はじめ)

加藤 一(かとう はじめ)

上京後に入社した会社で山陰生氏に師事した後に独立、主に漫画、アニメ、ゲームなどの雑誌編集の現場に飛びこむ。幾つかの雑誌を転々とした後、実話怪談/児童文学作家に。実話怪談シリーズ【「超」怖い話】四代目編著者。【恐怖箱】レーベル総監修。 昭和末期から平成初頭、バブル時代のあれやこれやの思い出話にお付き合いいただければ幸いです。
加藤 一(かとう はじめ)

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