【生頼範義さんの思い出】(後編)

加藤 一(かとう はじめ)

【生頼範義さんの思い出】前編はこちら。

e161018235.1

 

 ちょっと昔の話をしましょう。

 大友克洋さんの劇場用アニメ「AKIRA」のムック、「AKIRA MECHANIX 2019」(アキラメカニクス2019)のために、ダメ元で生頼範義さんにイラストをお願いしたら受けてもらえた、というお話の続きになります。

 生頼さんへの原稿依頼から数週が過ぎた、ある日のこと。
「おーい、ハジメー。おまえに生頼さんから何か凄いのが届いてるぞ」
 生頼さんからと聞いて、「ああ、約束のイラストが届いたのだな」とすぐにピンときたのですが、現物を見て驚きました。
 生頼さんから届いたのは、畳でした。
 いや、畳一畳分よりなお大きい、巨大な包みでした。
「そうか、大切な画稿だから厳重に梱包しているんだな!」
 そう合点して包装紙を剥がしていくと、ベニヤ板で挟んで補強された中身は畳一畳分ほどもある巨大な画稿でした。
 お願いしたSOLの堂々たる偉容が描かれており、とにかくかっこいい。
 ただ、とにかく無駄にでかい。
 僕がお願いしたのは「見開きでA3になるイラスト」です。まあ、大きめに描いてもらえたとして、B3くらいかなー、と思っていたんです。
 イラストの大きさが原稿料を決めるわけではありませんが、ここまで大きなものを描いて戴けるとは思ってもいなかったので、もしや僕の伝達ミスなのではと青くなりました。
 画稿到着の報告とお礼のため、さっそく生頼さんに電話を入れました。
「まさかこれほど立派なと言いますが、大きなイラストを頂けるとは思っていませんでした」
 正直に僕が伝えた発注サイズが間違っていなかったかどうかも確認しました。
 すると生頼さんは、意外なことを仰いました。
「ああ、僕はね。何でも大きく描かないとうまく描けないんですよ」
 小さいイラストだから小さく描く、ということができないと。全体のバランスや、雰囲気や、そういうものを踏まえてというか、とにかく大きく描くほうが楽なのだそうです。
「新聞のカットあるでしょう。ほら、時代小説の登場人物で織田信長とか徳川家康の肖像とか、5センチ四方くらいの小さなモノクロカットとか。ああいうのもね、B5くらいの紙に、油性ペンの太いやつ、マッキーとかね、ああいうので点描して描くんです。他のも大体そう」
 だから気にしない下さい、はっはっは――。
 生頼さんすげえ。

 イラストは、当時の編プロと提携していたカメラマンさんが撮影して下さいました。
 同時に頼んだ他のイラストレーターさんの作品は、大体A3かB3程度でしたので、スタジオの床にイラストを置き、その上に三脚を立てて真上から見下ろす形で撮影されました。
 今でこそイラストはデジタル作画が主流になりましたが、29年前と言えばイラストはまだまだ手描きが主流。こういった手描きイラストは「若干大きめに描き、フィルムカメラで撮影してポジフィルムにした後に、本番では縮小して使う」という扱い方をされていました。ですので、「少し大きめ」に描かれるイラストレーターさんも珍しくはありませんでしたが、生頼さんは破格でした。
 イラストが巨大すぎて、三脚ではまたげなかったのです。カメラから画面までの高さ(距離)が稼げず、このままでは歪みが出てしまう――ということで、結局、スタジオの壁に立てかけ、カメラマンさんがもう反対側の壁まで下がって距離を稼いで撮影されたそうです。
「でかすぎるんだよ!」
 と、ぼやいていたのが思いだされます。

 その生頼さんも、2015年の秋に亡くなられました。
 生頼さんが畳敷きのような画稿を送って下さったとき、画稿を包んであった包み紙には発送元である生頼さん御本人の直筆の署名と住所が書かれていました。住所の部分はさすがに処分してしまいましたが、お名前の署名部分は何とも惜しい気がして、包み紙からこっそり切り取ってしまってあります。僕の秘かな宝物です。

 

 

少年漫画原作アニメの関連アイテム買取価格表はこちらになります。

The following two tabs change content below.
加藤 一(かとう はじめ)

加藤 一(かとう はじめ)

上京後に入社した会社で山陰生氏に師事した後に独立、主に漫画、アニメ、ゲームなどの雑誌編集の現場に飛びこむ。幾つかの雑誌を転々とした後、実話怪談/児童文学作家に。実話怪談シリーズ【「超」怖い話】四代目編著者。【恐怖箱】レーベル総監修。 昭和末期から平成初頭、バブル時代のあれやこれやの思い出話にお付き合いいただければ幸いです。
加藤 一(かとう はじめ)

最新記事 by 加藤 一(かとう はじめ) (全て見る)


よろしければシェアお願いします

PAGE TOP