漫画家アシスタント物語番外編「それでも、さがみゆき先生は怒らなかった」その2

イエス小池

漫画家アシスタント物語番外編「それでも、さがみゆき先生は怒らなかった」その1はこちらから。

 

駒込駅

 

JR駒込駅前の商店街です。この商店街を抜けて静かな住宅街へ進んだところにさが先生が暮らすマンションがありました。(撮影:2005年前後)

 

   漫画家アシスタント物語 番外編

          「それでも、さがみゆき先生は怒らなかった」

                   その2

さがみゆき先生がミルクたっぷりの紅茶を入れてくれたのは、1974年・・・・・・・随分と遠い過去の話になってしまいました・・・・・・・・

さが先生は京都出身で34歳の怪奇漫画家、私は、まだ18、19の未成年者で恋人も性体験もない垢だらけのメガネ男。

さが先生が当時住んでいたマンションは、JR駒込駅から商店街を抜けて7.8分歩いたところにありました。

静かな住宅街、白い3階建ての小さなマンションですが、いかにも独身女性が好きになりそうなマンションです。

最初の面接で、私の拙い原稿を褒めてくれたのは嬉しかったのですが・・・・・・さすがに仕事の話になると甘くはありません。

 「今、何しているの~ォ?」(京都弁なので、語尾が鼻にかかる様に上がる、色っぽい)

 「何もしてないんです」

 「え?」

 「時々バイトしますけど、今は何もしてません」

私は、まじめに仕事をする気はなく、適当にアルバイトをやって暮らしていました。(漫画家になる事を夢に見るただのアホです)

 「ダメや~~ん、もったいないわ~、時間無駄にしたらあかんよ~~ォ!」

仕事も漫画もどんどんやれ・・・・・と、いう事です。

ただ、お説教めいた話はこれだけ。

仕事の段取りとして、彼女から原稿を預かり、その背景画を自宅に戻ってから描くのが私の仕事で、どの様に描くかは私の裁量に任せてくれました。

怪奇漫画といっても、水木しげる先生や楳図かずお先生の様に連載に忙しいというレベルではなく、単行本契約で、一冊丸々(約200pほど)描いて20~50万円とかいった手取りにしかならないキビシイ世界です。

つまり、一ヵ月~二ヵ月で一冊のペースで描かないとまともには暮らせないわけですから大変です。

1ページあたり、アシスタントには500円の手数料を払い、残りが先生の取り分になるわけですので、私も一ヵ月に100枚近く背景を描かないと暮らせません。

当時、3畳一間の家賃が7千円。電気代や水道代なども含めると1万円・・・・・・・この1万円稼ぐためには、最低でも20枚の背景を描く必要があるわけです。

私は、この時、捕らぬ狸の皮算用で・・・・・・・月に5万はいけるだろう・・・・・・楽勝だぜ・・・・・・と甘く考えていたのですが、実際にやってみるとそう巧くはいきません。

怪奇漫画ですから、画面全体から暗くて不気味な雰囲気を出さないといけないのですが・・・・・・それは、意外と時間のかかる作業だったのです。

始めて会ったその日、コタツでミルク紅茶を飲みつつ雑談をしていたら夜になってしまい、夕飯をご馳走してもらう事になりました。

店屋物の定食をおごって頂いたのですが・・・・・・・残念ながら、何を食べたかは覚えていません。

ただ、コタツに入って温かい定食を食べながら・・・・・・・さが先生の大きな胸を見て、ふんわりとした気分に浸っていたのを思い出します。

さが先生は、小柄な女性で、映画俳優で言えば・・・・・・ちょっと古いですが、京マチ子に少し似ている感じ・・・・・・・・。

セーターの胸のふっくらとした盛り上がりと優しい京都弁は、私をすっかりリラックスさせるわけです・・・・・・・・が・・・・・・・・・・・

本当は、仕事の前の緊張感に意識を集中するべきだったんだと思います・・・・・・・・

先生のオッパイなんか意識してる様じゃ・・・・・・・・ダメだよねェこりゃ~。

                              (『その3』へつづく)

 

 

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1955年(昭和30年)生まれ、高卒。74年、19歳で最初のアシスタントさがみゆきに師事。20歳でかわぐちかいじ、22歳で村野守美、78年、23歳から現在までジョージ秋山に師事。87年「ヤングジャンプ青年漫画大賞」で準入選、同作品でデビュー。96年単行本「サイコホスピダー」出版。08年ブログ書籍「漫画家アシスタント物語」出版。

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